マイコンホビーストの終わりと再生

 8ビットの頃はマイコンと呼ばれ、自分で部品を集めて作る人も多かった。MZ-80Kなんかは半完成キットだったし。そんなわけで自力で動くマイコンボードを作りたかった。
 大学のマイコン部でZ80Aボードを作ろう(というか自分が作りたかった)ということになり、長崎市の唯一の部品屋、カホ無線でZ80A,Z80CTC,Z80PIOとROM,RAMを買ってきた。
基板もユニバーサル基板ではなく、マイコン用としてDIPの下の部分に電源とGNDが配線され、カードエッジが出ているものだった。ブレッドボードのハンダ付け版ですね。
 当時、皆が苦労したのはROMライタだ。業務用のはとても買えない。就職後、178,000円のプリンタポートに接続するROMライタを買ったときはやった稟議書いらずだと喜んだものだ。BP-1000シリーズというスゴイタカイ海外製のROMライタもあったが当然共用だった。
で、ROMライタは自作することになる。プリンタポートからの8bitの出力を上位8bitアドレス、下位8bitアドレス、8bitデータ、書き込みと4サイクルに分けてROMを焼くボードを作った。
74LS123で20msの書き込みパルスを作る。当時はインテルの高速書き込みモードというのがあったが、要は高速に書いて書き損じがあったらもう一回書くというものだった。
もうひとつの難点がROMの消去だった。書き損じたROMは紫外線で消去できるがそんな装置やランプは持っていない。よく晴れた日に庭でROMを干して消去していた。新品または消去済みのROMはデータがすべて"1"となる。
27C256


 しかしROMを焼いて動かしダメだったら消去してもう一度、というのは大変なので、ROMエミュレータを作った。これは電源をバックアップしたままのRAMに対して書き込みROMに見せかけることでデバッグの効率を上げようというものだ。
ROM-ICE


 実は私はZ80のコードが書けない。同じクラブでZ80に詳しい友達にすべて書いてもらった。当然、Z80PIOにLEDを繋いでナイトライダーである。Hello,Worldみたいなもんだ。

 今思えばZ80Aは使いやすいCPUだった。単一電源、アドレス/データバス分離、クロック1相。16bit時代になるととたんにハードルが上がる。8086は専用のクロックジェネレータを必要としたし、80286なんかはバスドライバも必要だった。
 HD64180は大いに期待されたZ80後継プロセッサだったが、シュリンクDIPというパッケージに困った。そのずっと前に出たアナログシンセサイザLSI、SN76477NもシュリンクDIPだったのを思い出す。生き残りのマニアに68000が人気だったのは標準のDIPだったことと、MPUがバスにリクエストを出したら応答するまで無限に待ってくれるという非同期バスのおかげだと思う。それでもバス幅は16bit、ROM/RAM代は二倍となる。
 もはやアマチュアが手を出せないゲートアレイ/ASICの時代に変わりつつあった。
 PC98シリーズのクロックジェネレータを載せ替えたりCyrixの486DLCに交換したりとライトな改造が流行ったのはその反動だったのかもしれない。あれがハードいじりの最後のあがきだった。

 そして現在はAKI-80というZ80周辺をすべて入れたASICにRAMを載せた基板を皮切りに、PIC,AVR,R8C等と多品種のROM/RAM/IO/Serial内蔵マイコンを搭載した基板が出ている。開発環境も整っている。
Arduinoというのがアマチュアのハード製作復活に大いに貢献した。(MAKE: Japan: Arduino Archives)
秋葉原に女性が増え、色でLEDを選んで買っていくのもこのおかげだろう。もはや"ナイトライダー"ぐらいでは誰も驚かないのだ。

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この記事へのコメント

alohakun
2011年03月10日 23:35
>>スゴイタカイ海外製のROMライタ
さりげなくニンジャスレイヤー!

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